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2011年08月01日

地震と私

大塩雅義 小さい地震しか経験したことの無い京都出身の私にとって「地震」というものは24年間まったくの遠い存在でした。しかし33年前社会人になった次の年。1978年6月12日午後5時14分。「宮城県沖地震」に遭いました。震度5。当時はこの震度5が最高震度でしたが、それでもびっくりするほどひどくまた永く揺れました。それは私の人生初の驚愕体験で「恐怖」を通り越して何がどうなっているのか理解出来ず、頭の中が真っ白になってしまったのを記憶しております。その時の地震のマグニチュードが7.4と言われておりますが、今回の東日本大震災のマグニチュードは9.0。地震学者に言わせるとそのエネルギーの大きさは宮城県沖地震の15~20倍だそうです。想像を絶するとはこのことで、もしも自分や家族、孫が・・・と思うとぞっとします。2008年6月14日の大地震に続きまた今回の巨大地震、宮城県はこの30数年ほどの間に3度も大地震にみまわれてしまいました。

私も他人事のようにこのことを書いておりますが、実は私の妻は宮城県東松島市の野蒜海岸近くの出身で、今回の「津波」で生まれ育った家が土台だけ残して流されたそうです。それと同時に別の所に住んでいた妻のお姉さんとそこのお嫁さんが「津波」の犠牲になったそうです。自然災害とはいうものの、なんともやるせない気持ちでいっぱいです。テレビで見ているとあまり実感として伝わって来ませんが、6月の半ばに帰省した妻は「とっても酷い状況で、・・・」と一言言うなり涙ぐんでしまいその後の言葉が続きませんでした。

私の第二の故郷とは言いませんが、宮城県は私の人生に取ってもいろいろな意味でお世話になったところです。そして、またいい思い出の多い所です。ですから今回も是非宮城の人々には頑張っていただき、復興・復旧をしていただきたいと願っております。いま私は願うだけでなにも出来ませんが、ぜひ宮城県の人たちにはこの震災から立ち直っていただき、もう一度以前のような綺麗な宮城県にしてほしいと願っております。塩釜・気仙沼・石巻・名取・岩沼・青空市場・柴田・角田・白石・・・私が担当した町の人々にも頑張っていただき、また元の街並みに戻していただきたいと思います。遠くから願っております。

武山さん、横山さん頑張って下さい。心から祈っております。
ではまた、よろしくお願いします。


(文責;大塩雅義)

投稿者 プランナーの声 : 2011年08月01日 11:42

カテゴリー [ 大塩 雅義 ]

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