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2011年08月29日

アクシデント 人生初の…

藤本 裕介 昨日ちょっとした不注意から右手小指を切ってしまった。かなりの出血で、豆腐メンタルな私は痛みと血の量で卒倒しそうになりながら必死に抑えて血が止まるのを待った。しばらくすると血おさまってきたが、傷口は結構深かった。血は止まってきたが、1時間たっても定期的にトバッと出血しては止まりの繰り返しで、さんざん迷った末に病院に行くことにした。

診察室に入るなり私は「縫わないで下さい」と懇願した。
(学生時代からスポーツをしていた私は骨折や打撲などは耐えられたが、注射や縫うことが何より恐怖だった。)

再度傷口を開いて洗われ消毒し、痛みでフラフラになりながら耐えていたが、腱が見えているぐらい深く、懇願虚しく縫われることになった。生まれて初めて縫われるので、心拍数はかなり上がり左手につけられたピッピッと音が鳴る装置(正式名称はわかりません)から凄まじい早さでピッピッピッという音が診察室に響いた。ここでも豆腐メンタルぶりがいかんなく発揮されあまりのビビり具合に医師と看護師さんに笑われ深呼吸した。麻酔し3針縫いなんとか治療が終わった。 麻酔が切れたあとの痛みに耐え、利き手だけに小指が使えないだけで字が書けなかったり、日常生活には結構支障がでながらなんとか生きている。

皆様もお怪我にはくれぐれもご注意下さい。

(文責;藤本 裕介)

投稿者 プランナーの声 : 2011年08月29日 10:24 | トラックバック (0)

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2011年08月15日

2011

滑 武志 前回もうじき50回目の誕生日を迎える話をしましたが、ちょうどその日の午前 2時に母が急逝しました。元気な母が、私の50歳を迎えた日に逝きました。 母の命日が私の誕生日となりました。

幼き日々の優しい母の笑顔が走馬灯の様に駆け巡り、最期のお別れまで嗚咽の
連続でしたが、火葬を終えお骨になった母は晴天の空に昇ってゆきました。
その2週間後恐ろしい東日本大震災が襲い平成7年の阪神大震災をはるかに超えた自然の脅威に目、耳を疑いました。

原子力発電問題も大きな影を落とし復興も困難を極めています。
一方、今夏サッカー日本代表女子がW杯で金メダル(優勝)の金字塔をうちたて、沈んだ日本に感動、勇気、希望を与えてくれました。

また、元日本代表サッカー選手 松田直樹選手が34歳の若さで大好きなサッカー中に急逝しました。
2011年は私にとって生涯忘れられない年となりました。

これから何年、もしかすると何日か後に必ずおとずれる私の最期に向けて、
一刻一刻を大切にしたい、しなければの思いを強く抱きつつ、
悔いなくその日を迎えられます様に。


(文責;滑 武志)

投稿者 プランナーの声 : 2011年08月15日 10:44 | トラックバック (0)

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