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2006年07月24日

[これって、ひょっとして!?]ビビルわ。第4段

大塩雅義
28年前、小生は仙台市役所の東支所(今は何区になっているのか判りませんが)の近所の鉄筋コンクリート5階建てのアパートに暮らしておりました。その200メートルほど西の所に国鉄「東北本線」の下をくぐり抜けるコンクリートのガードがあり、その横に日用雑貨と食料品を扱うお店がありました。当時はまだ「コンビニ」がなかったのでそのようなお店が存在したのですが、暮らしていたアパートの100メートルほど東には「生協のスーパー」もあり生活は非常に便利でした。しかし何故かその時はその小さなお店に向かいました。と言うのも地震発生からだいぶ時間が経っていたので大きなお店よりは小さなお店の方が「商品」が残っている可能性が高いと思ったからです。その小さなお店に着くとまず玄関の自動ドアーのガラスが粉々に割れていのに「ぎょっ」とさせられ、次に薄暗い店内(停電ですから)を無言で動き回る人影の異様さにも同じ思いをさせられました。ともあれ、「そのまま食べられる物」と「光」を探して一大決心でその店に突入しました。パン・缶詰・お菓子・ジュース・牛乳等と思ってあちこち探しましたが、結局生キャベツ1玉とコンビーフの缶詰2箇、それとビスコ1箱しか見つかりませんでした。そして小生の様に昭和20年代生まれの者にとって停電についての「思考回路」の行き着く先は、ずばりローソクなのです。それも「仏壇用」の短い・細い物ではなく20センチ位の割と太いローソクを思い浮かべるものなのです。日頃はまず売れないこの手のローソク、やはり予想通りお店の奥の棚の1番下のそのまた奥にありました。ここで1つ面白かった事は食べ物とそのローソクを持ってこの店を出てきた途端、小生は「アイドル」になってしまいました。『お兄ちゃん、そのローソク何処にあったん!!』とそのお店の周りにいたおばちゃんたちに取り囲まれ、腕を鷲掴みにされ、またそのお店に連れ戻されてしまいました。そんなこんながありまして、レジのカウンターにおおよその「金額」を置いてアパートに帰りました。アパートに帰ってからもまた大変でした。生まれて初めて、「土足」で自分の部屋の中に入りました。もう「クタクタ」でした。しかし・・・
以下次号へ!!

(文責;大塩雅義)

投稿者 プランナーの声 : 2006年07月24日 16:15

カテゴリー [ 大塩 雅義 ]

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